渋谷から表参道沿いに事務所を移転しました

クライアントの皆様にはお伝えしておりましたが、
エポックシードは2019年4月に、渋谷区渋谷1丁目のTOC第2ビルから神宮前6丁目のコープオリンピアに移転致しました。

お気に入りだった渋谷のcosyなオフィスが今年夏に壊されることになり、暫く移転先を探す日々が続きましたが、2005年に私が社会人として歩みを始めたベンチャーのPR会社があった表参道沿いの地に、縁あって移りました。

~2019年原宿コープオリンピア~

新住所:
〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目35-3 コープオリンピア417号室

原宿駅前に佇む古い欧州のホテルのような佇まいの建物入口には、きちんとしたロマンスグレーの管理人さんたちがおりますので、部屋番号を告げて頂ければと思います。

~屋上からの風景~

まだまだ、殺風景なオフィス&会議室なのですが、窓の外の借景の緑に負けないくらい、観葉植物などの緑を増やしていけたらと思ってます。また、年季の入ったキッチンもあるので皆さんをお招きして、ご飯交流会や勉強会が出来たらなぁと妄想も進んでおりますので、ぜひその折にはよろしくお願い致します。

思い起こせば、渋谷のオフィスは、当時のアシスタントさんと一緒に間借りしていたAMNを出てオフィスを探していた際に、トレタの中村さん達が退去するということで紹介されて、いそいそと2014年4月に入居を決めたものでした。

1階にはオンザコーナーという人気のカフェがあり、昔公団住宅だった建物をリノベーションしたそのビルは、古い建物特有の哀愁が漂い、板張りの床と無造作に白い壁が印象的でした。あの立地で非常にリーズナブルな家賃とはいえ、会社設立後の初めての大きな固定費になるオフィス。緊張しながらも契約書を結びました。

電話と時計とモバイルルーターとハンガーと、ちょっとの文房具。
はじめは、何もないオフィスでした。

 

(今では人気焼肉店として三田や六本木ヒルズにも展開する「赤身専門店にくがとう」さんが人形町に1店舗目をオープンする時に、居抜きで残っていた木製の椅子とカフェテーブルとを、仕事の終わった夜中にホロ付きの軽トラを運転して貰いに行ったのもいい思い出ですw。)

渋谷での5年間の年月では、胸躍る挑戦や出会い、楽しいことは勿論、今も反省しきるような失敗や苦しいことがありました。そして、スタッフの産休育休など森下商店的なカタチから、みんなの会社に成長する様々なきっかけをここでたくさん経験しました。

それも、一重にクライアントの皆様や、スタッフ、パートナーの方たちとのお仕事があってこそです。そして、個人ではなくチームで働くということは、そこに集まる一人一人の人生の、その時々の事情とをつなぎ合わせながら形づくれることなのだと、それらの体験があったからこそ、改めて噛みしめています。

 

2014年から濃密な5年間を過ごした、私にとって掛け替えのない場所になりました。
ありがとう、渋谷TOC第二ビル。

 

そして、よろしくです。コープオリンピア。
先の東京オリンピックの翌年から、この地を見守ってきたそうです。
管理の行き届いた緑を望むこの場所で、来年もオリンピックを迎えられたらと。

まだまだ課題はありますが、みんなと一歩ずつ進んでいけるよう頑張っていきます。

 

 

君の名は?

お盆明け、少しリフレッシュした感のある通勤電車に乗って
打合せに行ったクライアントの受付。

素敵な女性に出会い、
生まれて初めてのことをしてしまいました。

その女性は、立派な受付スペースに物怖じすることもなく、
この暑い中しっかりスーツを着込んで飛び込み営業していました。

その営業女性は、
「お約束はなく~、以前の名刺なので異動されたかもしれないので総務の~」と
まさに、まさにの営業トークをしていたので、体良く断られていたのですが
彼女はそれに品よく食い下がっていました。

なぜか「いいなぁ」と野生の勘が疼いたのか

私は気づいたら走って追い掛けていて、
「もし転職考えることがあったら連絡下さい」
と名刺渡していました。

20140818062053

初めてあんなことをしたのだけれど、
誠実そうな人だったなぁ。

私も前々職の新人時代に営業電話を掛けたり(毎朝8時から進捗報告会議で詰められ涙)
何とか入口を突破したTV局や媒体社内での飛び込みアポをしていた経験もあるので、
余計に彼女の物怖じしなくて、でも清々しい飛び込みスタイルは印象的でした。

PRは決してキラキラしたものでもなく、
インテリジェンスのあるストラテジックな~というカタカナ的ものではなく、
本来は会社や仲間や製品を輝かせるための裏方であり、
脳みそと心と体とで汗をかく仕事だという持論もあり、

また、現場で情報を持ってメディアに訪問する場合も、
PRはお金を払う広告ではないので、媒体や読者や情報価値を考えて
WinWinを探る様々な交渉があるのですが、
そんな時でもこういう清々しい人とできたらいいなぁと思ったのかもしれません。

それと、私たちのPRはコミュニケーションは受け手が決めるという原則に寄り添うため、
一緒に考えたいと思うクライアントや記者さんと話したり、
関心のある読者や視聴者を考えている記者さんを探し出して向かうので、

先にいる伝えたい人のことを一緒に思いながら
伝えたり考えたり動いたりできる仕事という性質上、
営業で門前払いということもなく、
彼女はもっと素敵になるんじゃないかと思って走っていたんだと思います。

よくよく考えると、あやしいナンパのようなことをしてしまったのですが・・・(汗)
他愛もないワンシーンでも見ているヒトもあるということで・・・

目の前の人と、その先にいる人のことを考えて
伝える仕事をしたい人をエポックシードでは絶賛募集中です。

ぜひ、これを読んで、私かも
または我こそはと思う方はinfo[@]epochseed.jpまでご一報ください。

 

 

 

先週3月21日はTwitterの8周年、あなたの産声は?

先日の3月21日はTwitter8周年だったそうです。

祝日のんびり「ヒルナンデス」を観ていたら、Twitter8周年の紹介コーナーがあり、5分くらいの尺で紹介されていたのを見て、しみじみインフラだなぁとの思いを新たにしました。

 

FacebookのTLで、Twitterが8周年を記念して自分のTwitterアカウントの産声を見ることができる仕組みを提供していたので、さっそく試してみました

Twitterでの産声

私の産声は、とても拙いものでした。
はじめてのソーシャルデビューで、初めてフォローしたのはその頃広報をしていたAMN社長で私にTwitterを勧めてくれた徳力さんと、当時AMNのCTOの福田さんだけでした。

(この後、最盛期には1日300Tweet するようになるとは、思いもよっていなかったわけですが。)

Twitter の創業者たちが Twitterのコンセプトを特許出願したのは2008年ですが、はじまりは今から8年前の2006年3月21日に Jack Dorsey がツイートした ” just setting up my twttr “ だったそうです。

ちなみに、昨年は7周年動画を公開していましたね。
この8周年を前後してTwitterのインフラとしての存在感を感じた出来事も、下記備忘録に。

続きを読む

【メディア掲載】月刊「広報会議」に寄稿しました

早いもので・・・もう3月も終わりなのですが、

月初に発売された月刊「広報会議」2014年4月号の
総力特集デジタル広報「再」入門 ウェブメディアに載る方法に寄稿させて頂きました。

広報会議4月号

(広報会議4月号)

初の寄稿ということで、最初は戸惑ったのですが、友人でガ島通信の執筆や日本ジャーナリスト教育センターを運営している藤代裕之が折角下さった機会なので、
来た波には乗ってみました(笑)

テーマは「ウェブメディアに送るリリース、3つのポイント」でした。
広報「再」入門ということで、ウェブメディアあてにリリースを書かれる方に向けてどういうリリースならばという基本のおさらいです。

続きを読む

9/18 SurveyMonkey社のプレスイベント裏話

昨日、9月18日にフリーミアムのセルフアンケートサービスサーベイモンキー社
プレス向けイベントを恵比寿のライブハウスリキッドルームの2階にあるTime Out Cafe&Diner で行いました。

今回ちょっとお伝えしたかったのが
なぜ、この会場にしたかという点です。
続きを読む

ソーシャルメディアサミット2013を開催

本日AMNソーシャルメディアサミット2013が開催され、
多くの方にご参加いただきました。(ハッシュタグは #サミット)

パネルディスカッション1の会話戦略の視点「アンバサダーを作るユーザーリレーションのために必要なこと」を皮切りに、企業がソーシャルメディアを活用する上での多くのナレッジが共有されたのではないでしょうか?

今日のソーシャルメディアサミットは、企業側の「アンバサダーサミット」であり、
日本のブログ10周年を記念して8月24日にコンテンツを紡ぐ側の「ブロガーサミット」を開催する予定です。

プロジェクションマッピング@東京駅

大手町で夕方打合せを終えて
クライアントと東京駅に向かおうとしたところ
いつにも増して凄い人だかりで「さすが年の瀬の東京駅」
なんて思っていたら・・・
なんと噂の東京駅でのプロジェクションマッピングに遭遇。

凄いスケールで繰り広げられるプロジェクションマッピングに
ただただ皆口を上げながら、目を奪われていました。

予期せぬ出来事だったので、
年の瀬に頑張っていたご褒美のようでとっても幸せな気分になりました。